« BookRevue:35歳までに必ずやるべきこと ポケット版―運をつかむ人になれ | ホーム | PSPのカメラをエアーガンにくっつけてみた »

07 March

スタートアップベンチャーで必要だったこと

現在、エージェントさんを使った就職活動中でして、会うたび会うたび、以前の職種とかについて「どんなところが大変だった?」とか「どんなことがあったの?」とか、まだ企業面接に行く前の段階で、いろいろと説明したり聞かれたすることが多かったので、脳内整理も含めて文章にしてみたいと思います。

特に前職のベンチャーで働いた経験については、かなりの自己アピールになると思うし、自己分析とかの材料にもなると思うし、いいかなぁと。

まず、スタートアップベンチャーとは、ベンチャー企業が生まれたばかりの状態にあり、売り上げもあまりない状態で、個人投資家やベンチャーキャピタルといった、お金を出資してくれる方々に支えられながら、ビジネスをしていく会社のことで、2~3年でIPOやBuy outといったイグジットを目的としている会社です。大企業では実施しにくい創造的・革新的な経営を展開する中小企業を指すようです。

ちなみに、「ベンチャービジネス」という言葉は、日本ベンチャー学会によって創りだされた和製英語。なのでアメリカにいって「ベンチャービジネスやってるんだ」と言っても通じない場合が多いのです。

さて、会社の本社はアメリカのカリフォルニア サンブルノにあり、Googleに買収されたYouTubeやGAP世界本社といったビックネームが連ねる場所に会社はありました。近くのマーケットモールのベトナム料理屋がとってもおいしかったことを覚えてます。といってもそれはアメリカ本社の話。自分が所属していたのは日本支社で、品川の西大井にオフィスはありました。

品川区が支援するインキュベーションオフィスで、オフィスは5畳半くらい。そこに日本側の営業さん・翻訳などのバックオフィススタッフの3人が常駐し仕事を進めていました。もう狭いのなんのってパーソナルスペースとかそんなのナッシングでした。

と、つらつら書いてもまとまらないので、今考えて必要だったことを項目に分けて書いてみます。

いろんなことを決めていくことが必要

一応、世界で初のビジネスモデルだったため、ECサイトのプラットフォームはもちろんのこと、ビジネスを進めていく上でのルールや、社内の業務フローなどを作っていく必要があります。なので、前もって事前に構想を練っていたものが実際と異なり、新たに決めなきゃいけないこととか、「明日までに資金調達のためのプレゼン資料作って!」とかがいきなり飛び込んできます。

また、自分ひとりで決めていくわけではなく、社内(日本とアメリカ)で相談して改善につぐ改善でブラッシュアップしていき、海の向こうと文化も商習慣も異なるため、ものすごく考えることが多かったような気がします。

「コミュニケーションとか大事だね」とか言ってる暇もなく、コミュニケーションをしなければ前に進めないといった感じでした。なので、9時間くらい時差のある日本とアメリカで、ビジネスタイムの合う時間を作るのが大変でした。

日本時間の朝9時ころが、向こうの夕方4時(not サマータイム)になるので、早めに話しを進めないと「オフィスに誰もいない状態」ということが結構ありました。向こうから、日本のマーケット視察ということでアメリカ人スタッフ2人が来日したのですが「日本人はなんでそんなに働くの?」と驚いてました。「ベンチャーだからだよ!」と品川駅で真剣に怒った覚えがあります。

あと、B2Bのサービスを提供していた側なので、弁護士さんと相談して利用規約や契約書類を作ったり、もちろん日米で商習慣や法律も異なる箇所があるので、日米の両面から考える必要があったりと、今考えるとなんか大変なことをしてたんだなぁと思います。

ものすごく我慢が必要

会社の資金は、ほとんどVC(ベンチャーキャピタル)や、エンジェル(個人投資家)からの出資で運営してました。自社サービスをお客様に提供して、システム利用料や、売り上げに対するロイヤリティでお金を儲けていく感じのモデルだったのですが、まずそのサービスを提供するプラットホームとなるシステムを構築しなければ売り上げは成り立たないわけで、会社の設立後、自社サービスのリリースまで売り上げがゼロなわけです。

なので、できる限りの経費は削減当たり前。会社からはクレジットカードを支給されてたのですが、アメリカで発行したビジネス用のクレジットカードだったので、日本でいろいろと使っていると、いきなりカードが止められたりしてました。出張に行ったときに使った程度。と、資金が潤沢にあったわけではないので、何に関しても節約生活だったことを覚えてます。

適応力が必要

昨日決まったことが、次の日には変わってたりするのは当たり前です。でっかい蒸気帆船を大企業とすると、ベンチャーはモーターのついた手漕ぎボートです。あるときはモーター全開でドライブしなければいけないし、あるときは手漕ぎで思いっきり漕がなければいけなかったり、じっと我慢する時期があったりとしました。そして何よりに必要だったのが船を旋回させる早さ。クルっと回ることができないと置いてきぼりになっちゃうことがありました。それに必要なのは適応力という表現があっているのかなぁと思います。

実際のところ、私自身、貿易知識も何もなかったのですが、サンフランシスコやニューヨークの展示会に出展する際、1000アイテム近い商品の貿易書類を作らざるを得ない状況になったときがありました。そのときは、JETROや関税局に直接聞いたりしてなんとか凌いだのですが、そのとき思ったことは「なんとかなるもんだなぁ」と。「あきらめたらそこで試合終了です」と、スラムダンクの安西先生の言葉の通りでした。

不安でいっぱいの毎日を耐え抜く精神力

今となっては「会社なくなっちゃった」とあっけらかんと言えてますが、会社勤務当時は、資金が絶えれば会社がなくなってしまうという不安感が募ってました。実際のところ、給料が払えるかわからないということがひしひしと伝わってくるということもあるのですが、会社の口座のネットバンキングも管理してたので、「あれ?お金足りなくね?」みたいなことをリアルに知ることができました。あのときのなんとも言えない気持ちはどうやっても伝えることができません。

情報共有がものすごく大事

実質、社員は会社のCEO(アメリカ在住)と、日本側の営業の方と自分の3人でした。アメリカ側には正社員と呼ぶ人はいたのですが、すぐにいなくなってしまったりとしていたような気がします。その他は、個人投資家の方がアドバイザーとして協力してくれたり、インターンの方やアルバイトといった方々に支えられていたということがあります。アメリカのスタッフの回転率は、茨城の阿字ヶ浦の回転寿司並みに早く、先週までいたと思った人が次の日には変わっていたということがあります。

その中でSkype、Gtalk、wikiなどを使って情報共有をしていたのですが、パソコンが少し苦手な方もいたので、電話になったり、飛び交うメールの中で必要な情報を拾い出していってたような気がします。

システム自体もアウトソースしていたので、機能要件はなんとなくわかるのですが、システム中身のソースを知ってるわけでもなく、言語もRoRと未知の領域だったので、今までのシステム開発で得た勘だけでなんとかやってたような気がします。

いろんなことができるということを喜べること

いい意味で。システム管理者としてその会社で働いてましたが、アメリカに発送する商品貨物の梱包とか、ヘルプデスクとか、カスタマーサポートとか、ポットのお湯替えとか、経理みたいなこととかいろんなことをやってました。要はスタッフいないからいろんなことをやんなきゃいけないわけで。入社するとき「いろんなことやるよ」とは聞いてたものの、これほどまでかー!と驚いた反面、いい経験できたなぁーと。


と、ウイスキー片手にだらだら書いてたけど、実際これだけの内容を1分くらいで話せなくちゃなんだよなぁーと、明日に回すとしよう。

結論:いろいろ大事で、根気と運がものすごく重要
こんな感じで(笑

« BookRevue:35歳までに必ずやるべきこと ポケット版―運をつかむ人になれ | ホーム | PSPのカメラをエアーガンにくっつけてみた »