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20 April

水商売からIT業界(2)―はじまりは突然に―

この記事は、就職支援サイト「プロブロ」に寄稿していた記事です。元サイトが消失したため転載しています。

大学を卒業し、水商売をしていた。
起きるのは大体、午後の3時頃。
太陽が沈む頃に行動が始まるのだ。

その頃は、クラブのマネージャーをしていた。
言うなれば、「雇われ店長」。

クラブとキャバクラの定義についてよく聞かれるんだけど
うちらの周りでは
 キャバクラ:お客1人につき女の子が1人付く
 クラブ:グループ1組につき女の子が1,2人付く
といった感じだった。

なので、女の子のスキルがとても問われる。
団体のお客に対して、均等なサービス(お話し)をするのは
とても大変なのです。

そこいらのおバカな女の子ではできる筈がなく
他店から引き抜きとかで、入れ替わりも結構あった。

優秀な女の子をしっかりキャッチするためには
コミュニケーションが必須で、些細なことでも気を使わなければならない。

例えば女の子が、彼氏と別れたときとかは
親身に相談にのるし・・・
そんなこんなは、このブログに全く関係ないんで省略(>ロ<)ノ_□


お店に入り、ボーイさんの面倒見たり
酒屋とのお酒の値段についての打ち合わせなど
裏方でコツコツやっていた。

お店のオープンは19:00。
たいていの女の子は同伴でやってくる。

んで擦った揉んだで、お店が閉まるのが0:00。
毎日のミーティング・片付け・イベントなどの準備で
朝の5:00ころまで起きていた。


そんな慣れてきた仕事の束の間に、ふと思う。

「オレ、これでいいのか?」

「このままずっとこの仕事やっていくのか?」


「ってか、親に合わせる顔がなくない?」


大学を卒業した周りのヤツラは、20万そこそこの給料で
愚痴をガーガー言いながら頑張ってる。


その頃の給料は、歩合制ということもあったが
50万は毎月もらっていた。
さらに年度の売り上げトータルなどで、
○00万くらいのボーナスはあっただろう。


20歳そこそこの若造が、女の子の管理やお店の管理をやって
サラリーマンでは考えられないお給料をもらっていた。


天職だったかもしれない。


しかしだ。
このままで、なんか手に入れるものってあるのだろうか?


お金を貯めてから、なにか方向転換って手もあるけど
年齢が年齢だし、未経験者優遇の会社も少なくないが
「水商売」あがりを認めてくれるのだろうか?


根性・気合とかで、どーにかなるのだろうか?


こんなんで甘えてていいのだろうか?


ってか、ヤバくない?
なんか勉強しなくちゃ。

大学に行かせてくれた親に向かって

「オラ、水商売で稼ぐだ('◇'*)」

って言えるか?
自分の家庭では、グーで殴られてもおかしくないような発言じゃん。


お父さんの顔がドラ○もん真っ青になるかもしれない。
お母さんが、全力で失踪するかもしれない。
弟が「今日から俺は」バリに、グレるかもしんない。


忘れもしないあの日。
お店に辞表だけを残して、その街から消えました。


今思えば、あのときの給料はどーのとか
迷惑かけたなぁーっと反省ですが。

しかしあの日、何かをしようと動き出した。
自分の中の大きな一歩。

これから、就職活動の厳しさを痛感する。


つづく

今日の一言:


あぁ、あのときのお給料・・・

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