あの頃見た Red lamplight はとっても赤かった
大学卒業が近づき、4年間一緒に大学に通い、一緒に遊んだ奴らと北海道に行く計画を立てた。確か、計画し始めた頃は6人で。
がしかし、旅行当日に近づくに連れて1人、また1人と卒業旅行に行けなくなった。その理由は内定先の課題が終わらないとか、まだ就職決まってなくて最終面接だとか、そんな都合だったと思う。
「そんなんどうにでもなるじゃん」と就職先も決めず、水商売に浸ってた自分は思ってた。今思えば、社会人になっていくような準備期間な感じで、先に進んでいくみんなが悔しかったのかな。
結局のところ北海道卒業旅行に行ったのは3人。50%の出席率。その頃につるんでいた仲間では、いいほうだったのかな。男3人で、また雪舞う3月の北海道の大地に降り立った。
3泊4日のスケジュール。
コースは札幌→小樽→旭川→網走→釧路。
どう考えても車で走りっぱなしの日程。しかも雪が降り積もる北海道をだ。確かH.I.Sとかでの自由パックみたいなやつで、自分たちで好き勝手に行く場所を決められるんだけど、今回ばっかりは担当者の人も「やめたほうがいいですよ」と引き止めていた。走行距離が尋常じゃないし、観光もそんなにできないという。
「盗んだバイクで走り出す~」とかじゃないけど、そう言われれば言われるほど行きたくなるし、なんか決まった枠に決まりたくねーとか変な反抗期(?)だったのか。
そんな強行スケジュールで北海道を走った。
昼間はレンタカーのファンカーゴ(古いナビ付)で果てしなく続く“白の大地”をひたすら3人で運転を交換しながら走った。運転席に座るヤツが運転して、助手席がナビ。後ろに座るヤツが仮眠をとるといった流れ。結局のところ、後ろに座っても話しが盛り上がって眠れないんだけどね。
慣れない延々と続く雪道を物凄いスピードで走った気がする。交通事故の死亡件数が日本で一番多いのが北海道と知って納得できた。
そんな車中、4年前に出会った頃の話とか、4年間であった恋愛の話し、飲み会であった面白おかしい話し、そして、これからの将来の話し。車の中に3人ずっと一緒にいたので、いろんな話ができた。「将来って何?」って何も進む道を決めてなかった自分は何の話をしていいのかちょっと困った。他の2人はそれぞれの地で内定を決め、春には入社し社会人として働いていくのだ。
大学から茨城に住んでたんだけど、引っ越す気とか引っ越す理由がなくって、そのときの結論としては「とりあえず水商売で」。今思うと、結構イタイやつだった。
なんだかんだ遊んで最終日。
北海道からの帰りの飛行機。夢のような時間だったかのように3人思いにふける。帰ったら現実がまっている。まず、飛行機から降りて、茨城に帰らなければならない。もう日曜の夜の9時頃だったので、高速バスで帰るの予定だった。そういった帰りの手段を考えてたときだ。
飛行機の窓から見える「東京」が目を奪われた。
無数のランプがそれぞれのテンポで暗闇に浮かび上がっている。日曜日の夜ということもありオフィスの白い蛍光灯の明かりは少なく、とにかく“赤”が印象的だった。
その頃、自分にとって東京って怖くて、なんだか最先端で、流行先取りの人たちってイメージがとっても強かった。平日、仕事が終わってパソコン入ったバック持って、スーツ着ちゃって、携帯で話しながらバーに行くと友達が集まってるみたいな。ドラマのような東京生活。
毎日、夕方頃に起きて、朝まで酒を飲みながら仕事をして、どうしようもない人たちに笑顔を振りまきながら、とても狭い狭い世界で働いていた頃、あの高層ビルにくっついてる赤いランプをみてたときは全くの別世界だった。このギャップをどう例えればいいのだろう。
東京に行きたいなぁという気持ちはあったものの、もう22歳だし、就職決まってないし、何もやることの見つからず空回りというほどの気力もなく、ただ憧れる別世界だったような。
まぁそれから東京にきましたー!とか、今では赤く見えないとかそんなオチはなくって、そんなときあったなぁーって思ってました。
明日そんな第二のふるさと茨城に行ってきます。(今月結構行くなぁー)
自分を見つめなおすために、、そんなんじゃなくってただ約束があっただけで。
桜が見れればいいな。
※ちなみに卒業旅行の写真。
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